20160107

Time Soba Noodles

 細密で鮮やかな色彩がされた陶器を、なぜたくさん買わなかったのか。市場にずらり並ぶフルーツを、なぜあれこれと食べなかったのか。羊肉と人参と干し葡萄の炊き込みご飯を、なぜおかわりしなかったのか。白タクの運ちゃんに勧められた竃焼きのミートパイを、なぜ断ったのか。ウズベキスタンの写真を見返すと、後悔の念ばかりが湧いて出る。
 7月のウズベキスタンは絶望的に暑く、乾いていた。湿度が低いのなら日陰に入れば涼しいのではないか、いや、とんでもない。それは気温が30℃までの話。湿度が高かろうが低かろうが40℃に達すればただただ暑い。そして乾燥はむしろ苦痛に拍車をかける。唇の皮は破れ、朝夕に顔を洗うたび鼻血が出る。常に熱中症の一歩前というところで、なんとか旅を続けていた。朦朧としながら炎天下を歩いていると精神活動は鈍り、投げやりな気持ちになる。雲ひとつない紺碧の空と脳天を突き刺すくらいにギラギラした太陽はたしかに美しく、鮮やかな柄のワンピースを着た女性たちも間違いなく美しい。地平線まで延々続く綿花畑だって、シルクロード時代のイスラム寺院だって美しい。感受性はすり減っていない。でも好奇心が不活化し、判断してアクションを起こすことが億劫だ。だからきれいな茶碗だなと思っても買うことができなかったし、美味しそうなパイだなと思っても食べられなかった。
 暑さに加えて、お金の問題も積極的な活動の足枷になった。とにかくかさ張る。タシケントの空港に降り立ったのは真夜中だった。タクシーで郊外の宿に向かっている途中、運転手のお兄さんがおもむろに助手席のグローブボックスを開けた。膨大な量の紙幣がみっちりと詰め込まれている。彼は札束をひとつ手に取って僕に見せながら、両替をしないかと持ちかけた。異国の暗闇を走る車内で、見知らぬ男と金のやりとりなんてしたくない。そしてこれはおそらく違法なので、お巡りさんに見つかれば僕も面倒に巻き込まれるはず。誘いに乗るべきでないことは明らかだ。必要ないと拒否したけれど、彼はどこ吹く風と値下げ作戦に出る。断るたびに値はどんどん下がり、宿に着くころには正規のレートよりもはるかにいい額が示された。ここで両替をしなければ損をするような気がしてきたのでついに提案を受け入れ、200米ドルは両手で抱えるほどの札束に変わった。突然金持ちになったようだ。でもいい気分なのはそのときばかり、以降は食事や買い物のたびにうんざりすることになる。最高額面の1,000スム札は20円ほどの価値しかないので、物価が安いとはいえ毎度の支払いには多量の紙幣が必要だ。ウズベク語もロシア語もわからない僕が、日本語や英語のわからない売り子とどうにか値段交渉をし、鞄の奥から輪ゴムで括った札束を引っぱり出し、そこから何十枚、何百枚というシワクチャの札を数えて手渡し、売り子が数え直して間違いないことを確認するまでの過程は、猛暑でクラクラしている僕にとって最高に煩わしい。途中で数え損じて振り出しに戻ろうものなら、この世の終わりような気分を味わう羽目になる。この一連のやりとりをしなければ手に入らないことを考えると、ああ、めんどくさい、買うのやーめた、と欲しいはずのものが見事に欲しくなくなってしまう。

 ろくに買い物をせずに終えた旅だったけれど、幾多の壁を乗り越えて獲得するに及んだ品がいくつかある。スザニと呼ばれる伝統的なウズベク刺繍のマットもそのひとつだ。
 ブハラという宿場町でのこと。ランドマークのカラーン・ミナレットに向かう道すがら、木工品や金物、絨毯といった土産物を売る店が連なる通りを、強烈な日差しと熱波に打ちのめされながら、ヨロヨロと歩いていた。右から左から売り子に声をかけられる。アニョハセヨー、カンサムニダー、韓国とウズベキスタンはソビエト解体以前から親交があるそうで、車や電化製品は韓国メーカーのものをたくさん見かけるし、韓国人観光客も多い。東アジアの人と見れば、韓国人と思うのが自然なようだ。呼び込みを受け流して歩く。
「よかったら見ていってください」
突如きれいな日本語が耳に飛び込んできた。この国に来て初めて触れた日本語だった。思わず立ち止まり、振り返ってまわりを見渡したが、誰に話しかけられたのかわからない。きょとんとしているとまた聞こえる。
「日本の方ですよね。刺繍はいかがですか?」
声の主は目の前にいた。訛りのない日本語なので、てっきり日本人がいるものと思ったが違った。いかにもウズベク人というはっきりした顔立ちをした、20歳そこそこの若い女性だった。意表をつかれたことがなんだかおかしくて、僕は思わずアハハと笑ってしまった。
「どうして笑うんですか?」
「ごめんごめん、あんまり日本語が上手だから」
彼女も照れくさそうに笑う。
「刺繍、ぜひ見ていってください」
薄暗い店に入ると、淡い色の糸で緻密な刺繍が施された、生成りの布が山と積まれていた。何畳もあろうかという大きなものから、コースターサイズまで様々。カラフルなものから、色味を絞ったシンプルなものまで様々。一目見ていいものだとわかった。刺繍糸は絹、生地は綿、ハンドメイドだという。ひと針ひと針がとても柔らかく、丁寧で温かい。この表情は機械では生み出せない、熟練した職人の手仕事に間違いないだろう。でも例によって、買おうという気にはならなかった。暑い、だるい、眠い。僕の思考は「一刻も早く宿に戻って横になる」という一点にのみ集中していて、それ以外のことを検討する余力は皆無だ。断りのあいさつを適当にして、そそくさと店を出てしまった。
 翌朝、店の前を通りかかると、昨日の彼女ははるか遠くから僕を見つけ、満面の笑顔で手を振った。困ったな、昨日無下に断ったから気まずいな。
「買わないでいいです」
彼女の言葉にまたしても意表をつかれて笑ってしまった。
「え?どういうこと?」
「買わなくてもいいです。お話をしましょう」
僕と日本語で会話がしたいのだという。断る理由が見つからない。促されるまま店に入った。彼女はJICAの運営する教室に通って、日本語を勉強しているらしい。はじめてからまだ数ヶ月なのだそうだ。よくよく聞けばたしかに口調はとてもゆっくりだし、語彙も少ない。その一方で、発音とイントネーションには目を見張るものがある。だから僕は昨日、日本人に声をかけられたと勘違いしたのだ。それが猛勉強の成果なのか、天賦の才なのかはわからない。いずれにしても、日本語を学ぶことが楽しくて仕方ないといった風だった。何歳?どこに住んでいるの?仕事は?カンゴシって何?いつまでここにいる?次はどこにいく?僕への質問攻めからはじまって、彼女の生活や将来の夢の話になる。今度の週末、日本語検定を受けるために、タシケントまでいくという。試験勉強のテキストを見せてもらった。国語のドリルのような教材は、非常にアカデミックな構成で、会話と読み書きがバランスよく学べるようにできている。余白には無数の書き込みがされていて、熱心に学んだ跡が見て取れる。女性がおしゃべりなのは万国共通、その後も話題はころころと変わり、ずいぶん長いこと取り留めのない話をした。彼女は終始笑顔でこちらも楽しい。
「のどが乾きますね?」
思い出したようにいうと、彼女は軒先にあるガラスの冷蔵庫から、ペプシコーラのボトルを出してくれた。代金を払おうとしたけれど断られてしまった。売り物でしょ?といっても断固受け取らない。それどころかクッキーやら飴やら、次々に出してくれる。たしかにさっき買わないでいいです、とはいっていた。でもタダでくれるなんて聞いていない。なんだか申し訳なくて、居心地の悪さを感じはじめたころ、金離れのよさそうな初老の観光客がぞろぞろと店に入ってきた。商売の邪魔をしてはいけない。おいとますることにした。じゃあね、と目で合図をすると彼女は
「明日も来てね!お話をしましょう!」
と笑った。
 翌日は刺繍のマットを買う心積もりで店に出向いた。よくしてもらったお返しをしたい、という気持ちもなくはない。でも、あまりの暑さに判断力の弛緩した頭が、ようやく「きれいな刺繍を日本に持ち帰りたい」というところまでたどり着いた、というのが本当だろう。店に入ると彼女は早速、ミリンダのボトルを冷蔵庫から出してくれる。そして僕を椅子に座らせると、矢継ぎ早に話しはじめた。彼女にとって僕は客ではなく、あくまでも日本語の話相手みたいだ。購入の意を表す隙を与えてくれない。完全に彼女のペースで他愛ない話を続けた。どれくらいの時間がたったか、話題がひとしきりしたのをみて僕は、できたら刺繍を見せてほしいんだけど…と切り出した。彼女は目を丸くして笑い、本業を思い出し、生地を広げて見せてくれた。
 ハンドメイドは刺繍だけにとどまってはいなかった。生糸を紡ぎ、染色し、綿を機で織るという、すべての工程が手作業だった。それらの技術は母から娘へ代々受け継がれていて、彼女の師もまた母や祖母だという。店に置かれているのは彼女と母、祖母の作品ばかり。刺繍の柄のモチーフはザクロの実や花、ひまわりの花や葉っぱ、唐辛子、蠍の手など彼女たちの身近にある自然物で、それぞれに子宝、一家の安泰、家業の繁栄、金運の向上、魔除けといった祈りが込められている。そしてモチーフの組み合わせによって、その意味付けは無限に広がり、唯一の作品ができあがる。
 彼女はひとつひとつ、丁寧に日本語で説明してくれた。
「これはおばあちゃん、それはわたし、こっちはお母さん」
それぞれの作者も教えてくれる。天井まで積まれた作品の中から、時間をかけて気に入った色と柄のものをいくつか選び、包んでもらうようにお願いした。支払いの額を聞くと、思っていたよりもずいぶんと安い。
「計算を間違ってるんじゃない?」
「あなたは友だち。だから安いです」
このフレーズだけを切り取れば、観光客を相手にするぼったくり商人の常套句でまったく鼻持ちならない響きだが、彼女の言葉は額面通りの意味を持っていた。僕が、友だちだから、安くして、くれたのだ。
「いいよ、ちゃんと払うよ、ホントの値段を教えてよ」
何度も頼んだが聞いてもらえず、ついに彼女の言い値を支払うことになってしまった。鞄から札束を出し、何百枚かの1,000スム札を数えて彼女に手渡す。
「わたし、日本語で数えられます。見ててね」
誇らしげな顔だ。
「イチ、ニ、サン、ヨン、ゴ、ロク…」
彼女は日本語でゆっくりと、しかし確実に札束を数えはじめた。これからしばらく、彼女が札を全部数えて、間違いがないことを確認するのを待たなくてはならない。
「…キュジュナナ、キュジュハチ、キュジュキュウ、ヒャク!」
彼女は満足そうな笑顔を見せるが、まだ半分にも達していない。ゴールは遠い。僕はすっかり退屈だ。
「…ヒャクキュジュナナ、ヒャクキュジュハチ、ヒャクキュジュキュウ、ニヒャク!」
時計をちらり見て僕はひらめいた。暇つぶしにちょっと彼女をからかおう。いままでは彼女の勘定をぼんやり眺めていただけだったが、そこからは精神を統一して見計らう。タイミングこそが命だ。にわかに緊張する。
「…ニヒャクサンジュロク、ニヒャクサンジュナナ、ニヒャクサンジュハチ、ニヒャクサンジュキュウ」
「いま何時?」
「ん?…ああ、ええと…2時40分。…… ニヒャクヨンジュウ、ニヒャクヨンジュイチ、ニヒャクヨンジュニ、ニヒャクヨンジュサン…」
ああ!残念!だめだった。僕は1,000スム札1枚、約20円をちょろまかすことに失敗した。それにしても彼女の集中力と日本語力は素晴らしい。僕の意地悪に惑わされずに最期まで数え上げ、鎌をかけられたことにも気づいていない様子。彼女の勝ちだ。
「すごい、ホントに日本語上手だね」
彼女は自慢げに微笑んだ。
「時そばって知ってる?」
彼女は首を横に振る。江戸落語の…といいかけて、敗者の弁明ほどみっともないものはないと悟り、説明するのをやめた。彼女はしょんぼりした僕の顔を不思議そうに見ていた。