20160304

Theatrum Romanum

 入口の券売機に1000円札を入れ、ラーメン、海苔増し、ライスのボタンを押す。食券を店員さんに渡しながら「固め」とつぶやいてカウンターに座る。ラジオから中年男性と若い女性のおしゃべりが聞こえてくる。リスナー参加型のクイズコーナーのようだ。パーソナリティの男性が出題し、電話越しに女子高生が答える。正解すれば記念品がもらえるらしかったが彼女は不正解だった。また挑戦してね、と切り上げてコマーシャルが始まるとラーメンが出てきた。コマーシャルが終わり、女性のパーソナリティが沖縄県内で週末に予定されている催しの案内を読み上げる。どこそこのショッピングモールに仮面ライダーがやってきます、どこそこのホームセンターで中古車フェアが開催されています、どこそこの公園ではつつじが見頃です…。ラーメンをすすりながら聞くともなく聞いていたが「ドライブインシアター」という言葉が耳に入って箸が止まった。この週末の3日間、豊見城のビーチの駐車場に大きなスクリーンを設置して、夕方から映画を掛けるという。観客は車に乗ったまま、おしゃべりをしたり好きなものを食べたり、ゆったり映画を楽しめるのだそうだ。

 グアナファトはメキシコの山間部にある小さな町だ。コロニアル時代に銀山として栄え、その潤沢な財を投じて建てられた教会や役場などが多く残っていている。建築様式はスペイン風だが、どの建物も極彩色のペンキで塗られている。しかもそれぞれが好き勝手に色を選んでいて統一感はまったくない。これが強烈な日差しに照らされて、乾いた空に映える。
 町を歩いていると、立派な石造りの大階段にいき当たった。絢爛豪華な建物がひしめき合うこの町にあって、ひと際大きく荘厳なグアナファト大学の一部であるこの大階段は、当時の栄華を象徴するランドマークだ。あまりに幅が広く高いので、階段というよりも傾斜のついた広場といった方がいいかもしれない。そこでは学生カップルが寄り添って腰掛けおしゃべりをし、おじいさんが向き合ってチェスに興じ、ちびっ子たちが手すりをすべり台がわりにして遊んでいる。町の人たちの憩いの場になっているのだ。
 階段をふもとから見上げる。ちょうど真ん中に黒い小屋があるのに気づいた。大人がひとり入るのがせいぜい、ベニア板でできた即席小屋はあまりに貧相で、石造りの大階段とまったく不釣り合いだ。なぜそんなものがあるのか気になって、階段を上がって近づいてみた。小屋には小さな窓があり、中に黒い金属製の機械が見える。なんの機械だろう、見覚えがある気もする。しばらくその機械を見つめていたが、結局なにかわからないのであきらめた。下に降りようと振り返ったとき、向かいの建物の壁に白く大きなパネルが貼付けられているのが見えた。思わず「あ!そうか!」と声が出る。もう一度小屋に向き直って機械をよく見てみた。そうだ、映写機だ。なるほどこの小屋は映写室で、向かいの大きなパネルがスクリーンになり、だからこの大階段が野外映画館というわけだ。改めて周りを見回し、学舎の壁にポスターが貼られているのを見つけた。スペイン語は読めないけれど、今日の日付が書かれているのは見て取れる。手すりにもたれてぼんやり煙草を吸っているおじさんに声をかけ、ポスターを指しながら片言で「映画?」「今晩?」と訪ねた。おじさんは大きく頷き、大学が映画祭を主催して、この階段劇場でメキシコ映画を掛けるんだ、と教えてくれた。これを観ない手はないじゃないか。
 夕飯を早めに済ませて劇場にやってきた。映画はもう始まっている。脇のキオスクで瓶ビールを買い、階段を上がって適当なところに腰を掛けた。山あいのこの町は夜になるとずいぶんひんやりとするのに、石の階段には昼の陽の温もりが残っている。広い階段の八分目ほどが観客で埋まっている。寝そべったり手すりに寄りかかったり、みんな思い思いの格好で、おしゃべりをしながら映画を観ている。遠くに友だちを見つけ大きな声で呼びとめる人がいれば、携帯電話で延々と話している人もいる。映画そっちのけでチェスに興じるおじいさんもいる。そして誰もがビール瓶を片手にしている。ヒソヒソおしゃべりでもしようものなら、背もたれを蹴飛ばされかねない日本の映画館とは真反対に、賑やかで明るい雰囲気だ。向かいの壁のスクリーンでは、若い男女がなにやら言い争いを始めた。このふたりが古いアメリカ車で旅をするロードムービーは、そのほとんどが会話で構成されているので話の筋がまったくわからない。けれど周りに気兼ねすることなく、だらりと足を放り投げ、じんわりと温かい石段に身をあずけ、満天の星空の下で映画を眺めるのはたまらなく心地よい。

 星空の下、フロントウィンドウ越しにスクリーンを観るドライブインシアターはどんなだろう。グアナファトの階段劇場とはまた違った趣があるはず。ぜひとも味わってみたい。でも…。
  ドライブインシアターはハリウッド映画の中でたびたび描かれてきた。だから僕は知っている、あそこはカップルのための場所だ。若い男の子が父親の車を借り、女の子とはじめてのデートで向かうところだ。ふたりきりの空間、幻想的な光、ほどよい音響。素敵な雰囲気を味方につけて、意中の彼女とキスをするのがドライブインシアターだ。もしくは、そのタイミングを見誤って女の子から強烈なビンタを食らい、意気消沈するのがドライブインシアターだ。
 僕はひとりで出掛けることに抵抗がない。映画だって旅行だってひとりでへっちゃらだ。でもカップルたちの世界に単身乗り込むのはさすがに無理だ。カップルたちの好奇の目にさらされて惨めな気持ちになりたくない。バブル期には各地にドライブインシアターがあったらしいけれど、いま常設されているところはないという。豊見城だってこの週末だけの短期開催だ。次にいつチャンスがやってくるかわからない。僕がドライブインシアターを楽しめる日はやってくるのだろうか。

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