カトリック教会のミサの冒頭、回心の祈り。
「全能の神と兄弟の皆さんに告白します。わたしは思い、ことば、行ない、怠りによってたびたび罪を犯しました。聖母マリア、すべての天使と聖人、そして兄弟の皆さん、罪深いわたしのために神に祈ってください。」
猫も杓子もエヴァンゲリオン、という時期に僕も熱狂した。ビデオを繰り返し観て、プラモデルを組み立て、ガチャガチャを集めた。1、2年してブームが落ち着くと、手当り次第におもちゃをほしがることはなくなったが、貞本エヴァと通称される連載マンガの単行本を、発売当日に買い求めるくらいの熱量は保っていた。
あるときエヴァンゲリオンを観ていない友だちに、魅力はなにかと尋ねられた。流行が収まりエヴァについて話すことが少なくなっていたし、ほろ酔いだったのもあってひさしぶりに熱く語った。そして観ていない奴は馬鹿だといわんばかりに捲し立て、とにかく観るべきだと猛烈に勧めた。もともとアニメやマンガが嫌いじゃない彼はさっそく観たようで、すぐに面白かったと感想が返ってきた。いまも連載中のマンガがある、単行本は全部持っている、と僕がいうと、彼はぜひ貸してほしいと身を乗り出した。自分の好きな作品に興味を示されれば、悪い気はしない。5巻だか6巻だかまで出ていた単行本を、まとめて彼に貸した。
それから数ヶ月、待てど暮らせど単行本は返ってこない。早く返せよと何度か催促したが彼はのらりくらりとするばかり、単に返すのが億劫なのか、コーヒーでもこぼして返すに返せないのか、とにかく戻ってこなかった。よくある話だ。僕も借りたものを返すのが面倒でほったらかしにしてしまった経験はあるので、彼の気持ちがわからないではない。時間が経てば経つほどなんだか気まずく、返しにくいのだろう。しかし気に入りのマンガを、そのままにしておくのは面白くない。彼は近所に住んでいた。アパートにいるのを見計らって、取り返しにいけばことは簡単に解決するだろう。でも僕が赴くのではなく、彼が返しにくるのが筋じゃないか。取りにいってしまっては僕の負けのような気がする。本来は勝ちも負けもないはずなのに、僕は勝手に我慢比べを始めていた。この勝負を制したい。そしていつの頃からか、僕をやきもきさせた彼を、どうにかして懲らしめてやりたいと思うようになっていた。
最新刊の発売日、僕は貸している分も改めて全巻買い直した。そしてこの日から、彼に早く返せとせっつくのをやめた。
それからまたしばらくして、飲んでいるときに彼が「そういえば、エヴァを返さないとね。」といった。僕はこの瞬間を待ち構えていた。静かな湖面に釣り糸を垂らして、じっと待っていた。ようやく獲物が掛かったのだ。うれしさのあまり声がうわずりそうなのを必死でこらえ、努めて普段通りのトーンで答えた。「ああ、あれ、もう返さなくていいよ。」彼は僕のことばが飲み込めなくて、きょとんとしている。僕は「新しく買ったからもういいよ。貸してるやつはいらないからお前にやるよ。」と付け足した。彼はまだ混乱している。「え…、買い直したの?」「うん、うちに全巻揃ってるよ。だから返さなくていい。うまくやったな、借りパク成功じゃん。」「いや、そんなつもりは…。」彼の顔色がどんどん悪くなるが快感だった。僕は声の調子をひとつ下げ、淡々と詰め寄る。「やるっていってんだから貰えよ。」「でも、貰うのは、さすがに、悪いよ。」「ほう、悪い?悪いと思ってるのか?」「…うん。」「借りたものを返さないのはよくないって思う?」「う、うん…ごめん。」もう完全に僕のペース、彼はしどろもどろになって、いまにも泣きだしそうだ。マンガは返ってこないが、彼を締め上げて精神的な打撃を与えることができた。僕は悦に入っていた。彼はうつむき黙っている。僕が次になにをいいだすのか、不安でおびえている様子だった。もう勝負はついている。追い打ちをかけるのは酷だ。でも彼の姿を見ていたら、もう少し意地悪をしたくなり難題を吹っかけた。「よし、お前に申し訳ないという気持ちがあるなら、別の形で返してもらおうか。」「別の形?」「俺はさ、大切な、お気に入りのマンガをお前に取られちゃって悲しいわけ。もし詫びるなら、お前のお気に入りを代わりによこせよ。」「別のマンガってこと?」「マンガでも映画でもCDでも、なんでもいいよ。俺の知らない傑作を持ってこい。つまらないのや半端なのをよこしたら許さないからよく選べよ。」彼は消え入るような声で「うん、わかった。」と応じた。
後日、彼はうちにやってきて太宰の短編集を僕に差し出した。「マンガ本を何冊もやったのに、お返しは文庫本1冊かよ、ふざけるな。」となじったが「畜犬談」というエピソードが秀逸だったので許した。こんなにひどい仕打ちをしたのに、彼は心が広いのか、それともただ根が脳天気なのか、いまだに僕と仲良くしてくれている。そして僕はいまでもときどき無性に彼を虐めたくなる。本当にごめんなさい。
僕が自動車の運転免許を取ったのは大学4年のとき、ずいぶん遅かった。車は大好きだけど維持するだけの金はないし、移動はオートバイでできるので必要に迫られなかった。面倒なことは先延ばしにするたちなのも手伝って、学生時代をだらだらと過ごしていた。
夏休みのある日、免許証をもらってすぐ友だちに連絡すると、ドライブにいこうと誘われた。実家の車で夕方藤沢に迎えにいき、134号線、鎌倉街道、16号線を通って本牧まで走る。一服しようとムーンカフェに入った。ハンバーガーやロコモコが美味しいアメリカンな雰囲気の店で、僕たちは当時よく長居をしていた。ソファに座るとすぐ、友だちは「バドワイザー、2つ。」と注文した。僕が「いや、運転…」といいかけるのを遮って彼は宣言した。「いまから酒気帯び教習を始めるぞ。」
大きな荷物を運ぶとき、みんなで旅行にいくとき、いつも運転は友だち任せにしていた。免許がないのをいいことに僕は常に助手席でふんぞり返っていた。彼にしてみればいい気はしないだろう。「いままで俺に運転させてた分、これからはがんばってもらわないとな。この日がくるのを待ってたよ。」不敵に笑っていう。そして「まずは一番しんどい酔っぱらい運転をマスターしてもらおうか。」と。当時は飲酒運転に対する世間の考えがいまよりもずいぶん甘かったように思う。当然禁止されてはいたが罰則はいまよりずっと緩く、少しだけなら大丈夫とか、お巡りさんに見つからなければ問題ないといった風潮があった。軽薄な学生だけでなく立派な大人たちもこの調子で気軽に飲酒運転をしていた。これまで散々、飲んだあと酔っぱらったままの友だちに車で送らせていたので、酔っぱらい運転を練習しろという彼の命に従った。
バドワイザーを飲み終え店を出て「どこにいく?」というと「次はエースカフェだな。」と返ってきた。英国車専門のオートバイ屋がやっている店だ。恐る恐る「ギネス、ですか?」と聞くと「おう。」と簡潔な答え。「酒気帯び教習」は一杯で終わりじゃないようだ。本牧から桜木町のエースカフェまで運転し、そこでギネスを飲み、そのあと腹が減ったと中華街まで戻り、食事をしながら青島啤酒を飲んだ。ここでようやく教習は終了、ほろ酔いで帰路についた。もちろん車を運転して。
免許取得の当日にこんなことをするくらいだ。飲酒運転に抵抗感や嫌悪感なんて抱くはずがない。それどころかしたたかに飲んで運転している途中に気分が悪くなり、信号待ちの間にドアを開け、交差点の真ん中に呕吐してすぐまた走り出した、なんてエピソードを武勇伝を語るかのごとく自慢げに話す始末だった。
いま考えるとぞっとする。僕が一度も人を撥ねずにこれたのは運転が上手かったからじゃない。 たとえ運転技術を鍛え抜いたF1のトップレーサーでも、酒に酔って車に乗れば判断や操作を誤って事故を起こす。凡人の僕が飲んで運転をして、事故を起こさない方がおかしい。誰も傷つけずに済んだのは奇跡といっていい。飲んだら乗るな。本当にごめんなさい。
大阪に友だちを尋ねた。どこで待ち合わせようかメールで相談しているときに「なにが食べたい?」と聞かれた。たこ焼きや串カツ、うどんすきにはりはり鍋、食べたいものはいくらでもある。ひとつに決められないので「地元の人じゃないと知らないような店にいきたい。」と要望すると、天王寺駅にくるように指示された。夕方に落ち合って動物園の脇を抜け、通天閣を横目に見てジャンジャン横町にやってきた。薄暗く道幅の狭いアーケード街に入ると、昔ながらの古びた店が軒を連ねている。パチンコ屋、喫茶店、立ち飲み屋、スナック、スーパー玉出。どこもほんのちょっといかがわしい雰囲気で、旅行者がふらり入るにはかなり勇気がいるような構えの店ばかりだ。異国にきたような感覚になり、気分が高揚する。友だちは僕の希望をよく理解していて、僕に好きな店を選ばせてそこで一杯やろうといった。
串カツやお好み焼きといった大阪らしい料理を看板にする店はたくさんあったが、飾り気のない縄暖簾に惹かれて、コの字のカウンターに座席が12ほどの小さな居酒屋に入った。木目プリントの黄色いベニヤ壁と蛍光灯、14型のブラウン管テレビ。地元の人と思しき先客で席の半分が埋まっていた。カウンターの隅に座りビールの大瓶とつまみをいくつか頼む。切り盛りする初老の夫婦がてきぱきと皿を出してくれた。どれも地味な見た目だが味は抜群にいい。特にだし巻き玉子はすばらしかった。手際よく巻かれた玉子を皿にのせ、花柄の魔法瓶に入っただし汁を上からたっぷりかける。だし風味の玉子ではなく玉子風味のだしを食べるのだ。
はじめは「ちょっとずつ飲んであちこち梯子しよう。」なんていっていたが、この家の料理があまりに美味くてすっかり根を生やしてしまった。腹が落ち着き酒も回っていい気持ちだ。終電まで時間はあるが満腹なのでこれから二件目という気分じゃない。さて、このあとはどうしようか。友だちが「飛田新地にいってみる?」といった。
かつての遊郭、赤線だ。いまは料亭として営業しているが実際には昔と変わらぬ遊び場で、150軒あまりの「料亭」がひしめく日本屈指の社交街らしい。話には聞いたことがある。何年か前にSHINGO★西成というラッパーが当地をテーマにした曲を書き、そのミュージックビデオがユーチューブにポストされた。ビデオには、撮影が御法度とされる飛田新地の街並がつぶさに映し出されていて、当時ちょっとした話題になった。横浜の黄金町、大岡川沿いのように猥雑な雰囲気を想像していた僕にとって、整然としてノスタルジックな風情の料亭街は予想外で興味深かった。小心者の僕はこれまでそういった場所で遊んだことはないし、たぶんこれからも遊ぶことはないだろう。でも街の空気感は味わってみたい。
「見るだけでも平気?」と友だちに聞いた。この手の街で冷やかし客は歓迎されないはずだ。彼は「通るくらいなら全然問題ないよ。でもどうせなら店に入りゃいいのに。」という。僕が口ごもっていると彼は突然「何野何子って知ってる?」と尋ねてきた。「や、わからないな。」「ほら、ちょっと前に人気だったアダルト女優だよ。脚が長くて美人で、ショートカットの。ほら。」彼はうれしそうにアダルト女優の説明を始めた。曰くその女優が飛田新地の料亭にいて、ほかの嬢と同じようにお手合わせ願えるのだという。「ふうん、そうなんだ。」僕が気のない返事をすると、彼の弁はさらに熱気を帯びる。「ええ!なんとも思わないの?エロビデオの女優とできるんだよ!すごくない?」「ああ、すごい、ね。」彼は僕が食いつかないのを納得できない。携帯電話のインターネットで画像検索をし、「ほらほら、この娘!」と写真をいくつも見せてくれた。しかし温度差は広がるばかりだ。僕はそろそろ話題を変えたかったので「俺さ、あんまりエロビデオって観ないんだよね。」といって切り上げた。彼は「なんだよう、つまんないなあ。」と不服そうだ。
隣には新聞を片手に明日の競馬の予想をするおじさんが座り、ひとり燗をすすっている。向かいでは仕事帰りと見受ける男女が親しく酒を酌み交わしている。地元の人たちの安らぎの場であるこのカウンターで、アダルト女優について大きな声で語るのが恥ずかしく、友だちに素っ気なく接してしまった。だがしかし、なにを隠そう僕は彼女のファンだった。ひとり寂しい夜、幾度となく彼女に慰みを得ていた。だから飛田新地で会えるかも知れないと聞いて僕の心中はおおいに乱れた。ときめき心が弾んだ。なのに人目を気にして格好をつけ、知らぬ振りを決め込んで友だちを裏切ったのだ。最初にそんな風に振る舞ったので引っ込みがつかず最後まで無関心を装い、挙げ句の果てにはエロビデオなんて観ないなどという大嘘までついてしまった。本当にごめんなさい。
No comments:
Post a Comment