音楽は大音量で聴きたい。僕には楽器を演奏した経験がないし、耳がいいわけでもない。ついでに音痴だ。だから音質にはこだわらない。いや、音の善し悪しを判別できないといったほうが正しいか。ただひとつ、大きな音を聴くことができさえすれば、それでいい。少し前までは大音量を求めてちょくちょくクラブやライヴハウスにいったのだけれど、最近は歳のせいか億劫で足が遠のいている。出向くのは贔屓のミュージシャンやDJが来沖するときくらい、年に数えるほどになってしまった。いまの家に住みはじめた当初は、お隣さんもお向かいさんもいなかったから、自宅で昼夜問わずボリュームいっぱいにできた。いまは隣人がいるので難しい。僕のシンプルな欲求はなかなか満たされない。
1967年式、今年47歳の愛車が仮死状態になって移動の足がなくなった。しばらくの間、車なしの生活を試してみたが、やっぱり沖縄で生きるためには車が必須だ。車がないとどこにもいけない、なにもできない。仕方なしにセカンドカーを買うことにした。質実剛健で色気のない軽貨物車。エンジンがよく回るし軽量なので走りは申し分なく、足としての役割りをしっかり果たしてくれる。
契約のときに車屋のおじさんが「オーディオはこのままでいいか?機材を持ってくれば整備のついでに繋いであげるよ。」といった。インストルメントパネルには、スピーカーと一体型のAMラジオがちょこんとすえられているだけだった。あってもなくてもいいような代物だ。おおいに不満ではあったけれど車体価格が予算をオーバーしていたので、オーディオのことは追い追い考えようと思っていた。でもタダでやってもらえるなら逃す手はない。当面は仮死状態を維持するはずの愛車から、ヘッドユニットとサブウーファーを引き剥がして、載せてもらうようにお願いした。サイズの合ったミッドレンジスピーカーは手持ちがない。おじさんに相談すると「適当な中古のを見つけて付けておこうね。」との返答。どこまで人がいいのだろう。配線からドアパネルの穴あけ加工、取り付けまでを全部サービスでやってくれた。高出力のオーディオではないけれど、車内は狭いのでそれなりの音量を感じられ、アイポッドをつないで好きな曲をかけられる。セカンドカーでのドライブが休日の楽しみになった。
インターネット上でケンウッドのミッドレンジが叩き売りされているのを見かけた。いまの音響にさほど不満はなかったが、気まぐれで即購入。車屋さんがタダでくれた、どこの馬の骨ともわからぬスピーカーと付け替えて腰を抜かした。音がまるで違う。音についての知識や語彙がないので、どう言葉にすればいいのかわからないのが歯がゆい。
とにかく全然違うのだ。とりわけ高音は天と地ほど差がある。いままでキンキンと耳障りだった音が透き通り、爽やかになった。高音以外も格段によくなった。きめ細やかではっきりとした音だ。そして矛盾するような表現だけれど、小さい音でもよく聞こえるようになった。もちろん大きな音にしても美しい。ボリュームをどこまであげてもまったく割れない。これまではサブウーファーから聞こえる低音が浮いてしまい、ちぐはぐな印象だったのに対して、低音と中高音が馴染んで生々しい音に変わった。だから臨場感がすばらしい。さすがに巨大アリーナでのライブとまではいかない。でも練習スタジオで生演奏を聴いているときくらいのリアリティはある。瑞々しく艶やかな音楽を、胃のあたりが気持ち悪くなるほどの音圧で聴けるのだ。軽貨物車がプライベートな音楽鑑賞室に変わった。
一度いい音を味わったら、にわかに欲が出てきた。もっといい音をもっと大きな音で聴いてみたい。外部アンプを介したら、音がさらにパワフルになるんじゃないか。スピーカーの数を増やしてバランスよく配置したら、臨場感がさらに増すんじゃないか。エンジン音やロードノイズ、風切り音を遮断したら、体がしびれるくらいの音圧を得られるんじゃないか。最近は暇さえあればカーオーディオの構成を勉強している。
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