20140902

A Pile of Sand

 車で西をぐるり旅した。横浜から八王子、甲府、松本、長野と内陸を抜けて上越の海を目指し、直江津港の突き当たりを左に曲がって、日本海沿いを西に向かう。富山から金沢まで能登半島の付け根をまたぎ、敦賀、舞岡、鳥取、松江、萩…海を右に見て延々走る。下関港の端を抜け、瀬戸内海沿いを宇部、広島といく。尾道でしまなみ海道に乗り換えて四国に上陸。時計と反対に回り瀬戸大橋を目指す。
 この旅で自分にふたつの制約を課した。なぜそんなことをしようと考えついたのか、今となってはよく思い出せないのだけれど、破ったからといって誰に責められるわけではないこのルールを、僕は遵守していた。ひとつは高速道路の通行禁止というもの。走るのは基本的に一般道のみで、ほかに選択肢がなくやむを得ない場合に限って有料道路の利用を認めた。急ぐ旅ではない、目的地があるわけでもない、ただ前へ前へと走るだけだ。だからさほど苦にはならなかった。特に日本海沿いは信号が少なく、渋滞も朝夕たまにあるだけだったので、問題にならなかった。瀬戸内海に入ってからは交通量が大幅に増え、渋滞にうんざりすることはあったが、音を上げるほどのものではない。
 もうひとつはホテルや旅館での宿泊禁止。制約というより節約か。これもまったく苦にならなかった。旅の相棒は、知人から二束三文で譲り受けた1992年式シボレー・アストロ。重厚なウッドパネルが多用され、間接照明が天井を覆い、全席総革張り、シートアレンジはフル電動というあつらえで、バブルの申し子のような車だ。最後列ソファーがボタンひとつでベッドに変わる。適度な柔らかさのクッションで、自宅のベッドより寝心地がいいくらい。車中泊は快適そのものだった。道の駅でもいいし、トイレと自販機があるだけの長距離ドライバー用駐車場でもいい。平らなところさえあれば、そこが宿になるのだ。日中に車を走らせて、美しい景色を見つけたら降りて散歩し、ときどきコインランドリーで洗濯し、夕方に日帰り温泉でさっぱりしてから適当な場所に車を停めて休む。
 めぼしいうどん屋をあらかた巡り終え、夕暮れの香川で寝床を探して走っていた。カーラジオからは地元FM局の番組が流れている。洋邦のヒット曲やリクエスト曲がかかり、合間にリスナーからのメッセージが読まれる。よくある音楽番組だ。聞くともなしに聞いているうち、だんだんパーソナリティの男性の語り口に惹きつけられてきた。独特の訛りがあり、渋く低い声でゆっくり間をあけてしゃべる。「あれ?この人途中で寝ちゃったのかな?」と思うくらいゆっくりだ。そしてその男性から語られる内容は極めて特殊だった。あこがれの先輩との初めてのデートで河原を散歩しているときに、犬のうんちを踏んでしまった女子中学生からの投稿、肉体関係を持つようになった、担任の女性教師が教頭とも不倫していることを知って、落ち込む男子高校生からの投稿、営業の外回り中にお腹を壊し、社用車の内装を汚した新人サラリーマンの投稿、性に目覚めた小学6年生の息子の手淫を、毎夜のぞき見る母親からの投稿などが読まれ、それに対して低くゆっくりコメントしていく。夕方のFMラジオで読まれるメッセージなんて「部活の練習がキツかった!」とか「さんまが安かったから今晩はさんまパーティ!」とかいった取るに足らぬもので、パーソナリティの返答だって「ガンバ!」とか「わぁ、おいしそう!」とか、他愛のないものと相場が決まっているではないか。でもこの番組は違った。常軌を逸している。思わず路肩に車を停めて聴き入った。幼稚園のプールの時間、素っ裸で走り回る息子のちんちんが終始立ちっぱなしで恥ずかしい思いをした、という主婦からの投稿を受け、パーソナリティは語り始める。
 俺が通っていた幼稚園は金がなくてね、教室はあちこち傷んでボロボロだったし、机やいすもガタガタだった。もちろんプールなんてなかった。でも先生たちはいろいろ工夫してくれたよ。夏になると一日がかりで砂場を掘り返して、そこに水を張ってプールを作ってくれたんだ。今考えると衛生的にかなり問題ありそうだけどね、猫の糞がたくさん埋まってたし。年少の夏、初めて「明日はプールです」って聞いたときは、そりゃ興奮したよ。田舎だったから、プールなんていったことなかったからね。夜から海パン履いて準備してさ。で、翌日。さあプールの時間だ!って園庭に飛び出て驚いたよ。いつもの砂場の隣に、大きな大きな砂の山があるんだ。俺の背丈よりも高い山がそびえてるんだよ。そうなるともう、プールなんて目に入らないよね。巨大な砂山に心奪われて、もうそれしか見えないよね。テンション最高潮の俺は、駆け出してそのまま砂山に飛び込んだんだ。海パン一丁で砂に潜って、一心不乱に暴れたよ。そしたら積まれた砂が崩れて、ドサドサとプールに落ちていったんだ。それを見た先生が烈火の如く怒ってねえ、あんなに怒った大人を見たのは、あれが初めてだったよ。小さな俺を抱え上げてガンガン揺さぶってさ、地面に叩き付けて、バシバシ殴るんだよ。俺も必死に抵抗したけどさ、いくら女の人でもさ、大人にはかないっこないでしょ、ボコボコに伸されたよ。あれ以来俺はプールと砂場が嫌いなんだ。

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