20131030

Tracing

 15年ぶりにバンコクを旅したという記事が、友だちのブログにポストされていた。ひさしぶりに訪れた街は、印象があまりにも変わっていてしっくりこなかったようだ。「グレーな街並みは東京のようで、夜のにおいまでもが夏の東京のにおいのよう。」「大都市というのはどこでもどんどんその個性を失って似てきてしまうのだろうか?」
 かつてのタイ旅行を思い出した。夜の空港に降り立つと、亜熱帯特有の粘った空気にむせる。路線バスに乗ってバンコクの中心部までやってきて、カオサン通りで安い宿を探すがどこもいっぱい。途方に暮れた。重たいリュックを背負ったまま、汗と埃にまみれて歩き回り、どうにか寝床を確保したのは夜中だった。荷物を下ろすと疲れが溢れ出す。そのままベッドに倒れ込みたくもあったが、それ以上に腹が減っていた。根を生やしてはいけないと、慌てて部屋を飛び出す。広い十字路の角に屋台があり、特大の寸胴鍋に粥が炊かれていた。鶏の出汁の匂いが腹ペコの食欲中枢を刺激する。ほとんど反射的にその粥を注文した。お姉さんが丼に粥をなみなみ注ぎ、そこに生卵を落としてくれた。この熱々の粥の美味いこと!汗と鼻水は垂れ流しにして、ひと息にかき込んだ。
 ときが経てば街は変わる。またバンコクにいっても、あの粥を味わうことはできないかもしれないなと、友だちのブログを読んで少し寂しい気持ちになった。

 旅行した場所に順番をつけることなんてできない。でもシチリアは、とりわけ学生時代に二度続けていったパレルモは、僕にとって特別だ。初めての一人旅でサイレンの鳴り止まぬ夜道に恐怖し、一生忘れられない美食の数々に毎日驚き、昼寝をしていた公園で出会った年上の日本人女性に恋をし、ともに旅をする友だちと宿のベランダで夜風にあたり、ワインをラッパ飲みした記憶は、いまや僕の血や骨といっていい。
 先月そのパレルモを三たび訪れた。十数年ぶりだ。手はじめに国鉄の駅に向かった。この駅から旅をスタートさせたかった。僕の頭の中にある街の地図は、駅を中心に描かれていて、だから駅にいけば土地勘が甦って、どこにでも不自由なくいける気がしたからだ。駅は変わっていなかった。列車の行き先や発車時刻を知らせる掲示板こそ電子式の真新しいものになっていたが、コンコースやプラットホーム、券売所は昔のままだ。それだけじゃない、キオスクの匂い、シチリア訛りの構内アナウンス、トイレの薄暗さまでもが当時と一緒だった。懐かしい。駅から頭の地図を頼りに西へ歩き、市場にいった。ここも昔と変わらない。色鮮やかな野菜や果物が山と積まれ、大きなカジキマグロが氷の上に鎮座し、「肉とは獣の屍である」ということがよくわかる形の肉がずらり吊るされている。市場のあとは旧市街を散策し、気に入りの教会を巡る。どこも変わっていない。懐かしい、懐かしい。
 ひとしきり思い出の地を歩いたあと、一服しようとバールに寄った。絞りたてのオレンジジュースを飲みながら、 今朝から心の隅にくすぶっている感情と向き合わなければ、と考えていた。僕はパレルモを物足りなく感じていたのだ。いや、決してつまらなくはない、駅も市場も旧市街もとても楽しい。すっかり忘れていた過去の旅の記憶がここに来て次々に思い出され、感動さえしている。でも身震いするような高揚がないのだ。あんなに大好きで再訪を心待ちにしていたパレルモを、物足りないと感じてしまうことが悲しかった。 友だちのブログ記事を思い返す。彼女はバンコクの変わりように、ある種の喪失感を抱いていたのだと思う。僕はいま、昔となにも変わっていないパレルモで、バンコクの彼女と似た気持ちになっている。なぜか。
 変わったのは僕だ。成長したのか衰えたのか、とにかく十数年前の僕とは違っている。 だからあのときといまと、同じ街を歩いても感じ方が違うのは当然。でも僕は無意識に、かつての目くるめく体験を反芻し、興奮をなぞろうとしていたのだと思う。そしてそれをできないでいることが悲しかったのだ。喪失感や寂寥感は、パレルモにではなく僕自身に対するものだった。
 昔の旅を追いかけている限り、僕は満たされないだろう。早く心持ちを入れ替えた方がよさそうだ。でもその前に、もうひとつ過去をなぞりたい場所があった。トラットリア・アンタリア。国鉄駅のほど近く、ローマ通りから少しそれたところにある食堂だ。4人掛けのテーブルが4、5脚ほどの、洒落っ気のないこぢんまりとした店で、料理がどれも抜群に美味い。初めてパレルモに来たときに、ふらり入って衝撃的な味に惚れ、以来何度となく足を運んだ。あそこで食事をすれば、かつての興奮をもう一度味わえるに違いない。 オレンジジュースの支払いをして、アンタリアに向かうことにした。頭の中の地図にはしっかりとピンが打たれている。脇目を振らずに歩いた。店の前に着くと、扉は閉ざされ大きな南京錠が掛けられていた。どうも今日だけ閉まっているという風情ではない。扉には短い文と電話番号が書かれたプレートが貼られている。イタリア語はわからないが、意味はわかった。「貸店舗」と書かれているのだ。アンタリアは潰れていた。
 頭の中が真っ白になり、しばらく扉の前で立ち尽くした。あの味に出会うことは二度とない。あの感動はもう戻ってこないのだ。絶望した。しかし反面、潰れているとわかった直後から少し心が軽い。もう昔の足取りをたどらなくていい。僕は自由だ。いい旅になりそうな予感がする。

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