20151221

Not A Memory But A Moment

  ある年の正月を家族と北京で過ごした。父が郊外に駐在していて、せっかくだからとみんなで押し掛けたのだ。流行りの羊肉しゃぶしゃぶ店や北京ダックの老舗で食事をする、豪勢な旅だった。宿も贅沢。下町の細い路地の奥にひっそりとある、古いお屋敷を改装したホテルに泊まった。四合院と呼ばれる伝統的な建築様式の邸宅は、煉瓦造りの高い壁で外界と隔てられ、正面に分厚い木の門を構える。中庭に太い立派な木が植えられていて、それを囲むように4棟の家屋が建っていた。柱と梁は朱に塗られ、欄間や柵、窓枠に雷文の透かし彫りが施されている。角々に深紅の提灯が吊られ、壁には壽だの福だの囍だの慶だの招財進寶だのといった、おめでたい文字がちりばめられていてたいへん賑やかだ。寝室に入ると、中央に黒光りして重々しい大きな木製のベッドが鎮座する。4本の骨太な脚は柱のように天井まで伸び、梁が渡されていて、シルクの天蓋がかかっている。鳳凰の刺繍がされた深紅の敷布もシルクだ。ひるがえってバスルームは西洋風な造り。床と壁は真っ白なタイル張り、洗面台やシャワーはモダンなデザインで、優雅な曲線を描く猫足のバスタブが据えられている。
 弟は旅の直前に買ったオリンパスのミューを携えていた。高度な防水処理がされていて、水中で撮影ができるらしい。真冬の北京に防水は必要ないんじゃないか、といいかけたが、当人はいたく気に入っているようで、自慢げに話すので触れずにおいた。帰国して、その弟と互いの写真を交換しようということになった。またとないリッチな体験がたくさん収められているだろうと期待し、メモリーカードをパソコンに挿してフォルダを開ける。まず写真の少なさに拍子抜けした。せっかく新しいカメラを持っていったのに、なぜ撮らないか。しかも豪華な料理や贅沢な宿の写真はおろか、白銀に覆われた万里の長城や故宮、天安門広場の写真も数えるほどしかない。ほとんどを占めるのは四合院ホテルの浴室内の写真だった。湯船の底から見上げ水面越しに歪んだ弟の顔、湯の淵にレンズを合わせ下半分が水中に浸かった弟の顔、目をつぶって潜り鼻の穴から泡の出ている弟の顔。ずぶ濡れで一糸まとわぬ弟の自撮り写真ばかりだ。防水機能がうれしいのか、湯に浸かりながら撮るのが楽しいのか、そのどれもがとびきりの笑顔だった。

 友人たちが沖縄にくるというので、僕も夏休みを取って一緒に旅をすることにした。プジョーのカブリオレで山原をドライブし、古宇利島を目指す。屋我地島を介して沖縄本島と橋でつながっていて、気軽に訪れることができる小さな離島だ。「ガイドブックでは紹介されない沖縄を味わいたい」と友だちが探し当てた民宿が、この古宇利島の山の上にある。島を一周する道からそれて、車1台がどうにか通れるほどの細い農道を、低速ギアでえっちらおっちらと上がっていく。右も左も鬱蒼としたさとうきび畑。向こうから農作業を終えた軽トラックが下ってきた。すれ違えないので、道幅が少し広くなっている切り返しまでバックで戻る。軽トラックをやり過ごしてまた急坂に挑む。上りきると視界が開け、風になびくさとうきびの向こうにぽつんと赤瓦の屋根が見えた。目当ての宿だ。沖縄の典型的な古民家で、現代風なアレンジや宿泊用の改装は一切されていない。家主のおばさんが、雨端と呼ばれる軒の長い縁側に座っている。あいさつすると「自分の家のように気楽に過ごしてね」と優しくいってくれた。時代の付いた琉球建築はお世辞にも奇麗とはいえないけれど、まさに自分の家のようにくつろげる。そして風通しがよく涼しい。
 おばさんが作ってくれた盛りだくさんの夕飯のあと、仏壇のある二番座に寝そべって島酒を飲んでいた。友だちが最新型のソニー・サイバーショットをいじりながらぶつぶつとぼやいている。アイフォンで撮った写真があまりにもよく映っていて、サイバーショットと遜色ない、これじゃあ奮発して買った甲斐がない、と。確かに映りの良さという点で両者はさほど変わらなく見える。落胆する彼女をなだめる言葉が見つからない。まあまあと濁して酒を勧めた。
 酔いが回っていい気分になったころ、離れの便所にいこうと表に出た。ふと見上げると満天の星だ。天の川がはっきりと見え、あっちこっちで流れ星がきらめいていた。尿意を忘れて天然のプラネタリウムに見とれる。しばらく眺めていて閃き、友だちを呼びつけた。サイバーショットならこの星空を切り取れるかもしれない。マニュアルモードに設定してシャッタースピードを遅くし、絞りを全開にする。セルフタイマーをかけてレンズを真上に向け、車のボンネンットに置いた。カシャ。友だちと液晶画面を覗き込む。おお!天の川がしっかりと映っているじゃないか。アイフォンではこんな写真は撮れない。友だちの白い歯が暗闇に浮かんだ。それ以降、彼女は露出や感度をいじったり、小石を枕にアングルを調整したりしながら、嬉々として夜空にレンズを向け続けた。バッテリーが切れるまで部屋に戻ってくることはなかった。

 「思い出よりも、いまでしょ」
 口にするに気恥ずかしいこのフレーズは、予備校講師の決め台詞が流行るよりも、ファミリー向けミニバンの広告が注目されるよりもずっと前、2000年代初頭にコダックが販売していた使い捨てカメラのキャッチコピーだ。飛ぶ鳥を落とす勢いだった鈴木あみが、カメラを片手に仲間たちと海辺ではしゃぐテレビコマーシャルが印象的だった。
 当時この言葉を受け入れることができなかった。「瞬間を記録して後に残す」ことこそがカメラ本分思い込んでいた。そして、光の印象や色の鮮やかさ、その場の空気感を、いかに正確に記録するかということに心を砕いていたその過程に面白味はまったくなく、だからカメラが好きじゃなかった。しかしいま、あみちゃんの言葉は僕の腹に落ちている。彼女は撮影という体験そのものに価値を見出だしていた。「カメラを記録装置と捉えずに、その瞬間を満たすための道具としなさい」と。なるほど、四合院ホテルの弟も古宇利島の友だちも、幸せな笑顔だった。どんな画像が出来上がるかはたいした問題じゃない、ふたりともシャッターを切るのに夢中になり、それ自体を味わい喜んでいた。つまり、思い出よりも、いまだった。
 松本大洋は短編集「青い春」の「あとがき」の中で写真を撮ることについて触れ、ツッパリ君達が現在をすでに過去として……いや、やっぱりやめておこう。「あとがき」はあまりに有名だし、それぞれに強い思い入れがあるはず。僕がこの場でああだこうだと語っては、みなさんからお叱りを受けかねない。

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