20151231

The Successful Dragon

 ずっと前から、香港にいくことがあれば絶対に訪れたいと思っていた場所がある。尖沙咀の永安廣場というデパートだ。買い物がしたいんじゃない。「ポリス・ストーリー/香港国際警察」のクライマックスで、ジャッキー・チェンと悪党たちが大乱闘を繰り広げた場所に身を置きたいのだ。ジャッキーが最上階から、中央の吹き抜けに吊られた巨大なシャンデリアに飛び移り、電飾をショートさせ火花を散らしながら地階まで落ちていくあの場面は、誰もが知るところだろう。先日、念願が叶った。
 永安廣場は思っていたのとずいぶん印象が違った。映画のために作製されたシャンデリアがないのはよしとして、劇中に描かれたような華やかさがまるでない。客はまばら、内装は古びていて、全体に覇気が感じられない。来月に閉店することが決まった田舎のダイエーといった風の、物悲しい雰囲気だ。考えてみれば映画公開は30年も前のこと、それ以降新しいデパートやショッピングモールは無数にできているはずで、客をとられて寂れるのは仕方のないことかもしれない。なんだか拍子抜けだ。でもせっかくきたのだからと、残念な気持ちを飲み込んで最上階に上がる。ジャッキーがジャンプしたであろう場所に立って、吹き抜けを見下ろしてみる。歳月が流れ当時の輝きは失せてしまったけれど、建物の骨格は変わっていない。胸の奥に刷り込まれたあのシーンと、いま目に見えている現実が重なって、映画の中に入ったような感覚になった。目を閉じると、拳と蹴りの応酬に空気が切り裂かれる効果音が、ジャッキーの歌う主題歌とともに大音量で聴こえる。

 インターネットをうろついていて、「愛を語れば変態ですか」という映画のホームページにたどり着いた。監督の福原充則によるエッセイが掲載されている。◆1984◆と題されたテキストに、幼いころジャッキーから多大な影響を受けたと綴られていた。ひょうひょうとした語り口の中にジャッキーへの深い愛情、尊敬、畏怖が滲む。失礼ながら福原さんという方を存じ上げなかったし、だから映像作品も観たことがないのだけれど、エッセイストとしての才をお持ちと見受けた。読んでいて胸が熱くなり、思わず泣いてしまった。
 ジャッキーに影響を受けて人生観を築いたのは福原さんだけじゃない。いや、むしろ彼と同世代の男性は、総じてジャッキーから教訓を得たといっていい。もちろん僕もその内のひとりだ。テレビで放送されたジャッキー映画をビデオに撮って、台詞を空でいえるようになるくらい繰り返して観た。ギャグに腹を抱えて笑い、飯を頬張る様に喉を鳴らし、死闘に息を詰まらせ、NGシーンに痛みを覚えた。ジャッキーのおかげで友だちができ、仲間を大切にすることができた。ジャッキーのせいで怪我をしたり喧嘩をしたり、いじめもあった。80年代の小学生男児にとってジャッキー映画は人生そのものだった。

 あの吹き抜けに立ったら、記憶の回路のジャッキーをつかさどるセクションが覚醒し、名場面が堰を切ったように湧き出して止まなくなった。
 最後のアクション超大作と銘打って、数年前に公開された「ライジング・ドラゴン」。軍事基地のゲート前にマットグレーのムルシエラゴが停まった。ドアが跳ね上がり、派手なサングラスにホットパンツ姿のスレンダーな長身美女が降り立つ。クネクネと色気を振りまいて守衛の兵士をたぶらかし、すんなりと基地内に侵入した。テコンドーの達人である美女は、身長の2/3はあろうかという長い脚の片方を垂直に持ち上げ、窓の向こうの壁に吊るされた鍵をピンヒールに引っかけて盗む。
 ガムを口に放り込むアクションを真似したい、アジアの鷹の原点「サンダーアーム」。捕われた仲間を救出するため、スレンダーな長身美女は娼婦になりすまし、謎の邪教集団のアジトに潜り込む。押し倒して手込めにしようとする邪教幹部の男から逃れるために、枕元の酒瓶をこっそり手に取って殴ろうとするが、見つかってしまう。
 ナチスが残した巨大な風洞実験施設での空中戦が他に類を見ない「プロジェクト・イーグル」。財宝を求め砂漠を旅するジャッキー一行はオアシスに宿をとった。入浴直後に悪党に襲われたスレンダーな長身美女が、バスタオルを体に巻いただけの姿で旅館中を走り回り、ドタバタアクションを繰り広げる。味方の金髪美女が機関銃を乱射して騒動は収束するが、最後の最後にバスタオルがハラリと落ちてしまう。周りの人たちに体を見られたくない一心で、素っ裸の長身美女はジャッキーに抱きついた。
 ケータリング仕様にカスタマイズされた三菱デリカが、バルセロナの街をプジョーと駆け回る「スパルタンX」。ジャッキーとユン・ピョウが暮らすアパートに、スレンダーな長身美女が転がり込んできて泊まることになった。シャワーから上がった美女は、濡れ髪に男物のシャツ1枚という格好。お色気に動揺し、ふたりはソワソワしてまったく落ち着かない。それに気づいているのかいないのか、美女はソファーに寝そべって脚を投げ出し、髪をかき上げて「ねえ、一体どっちが私と寝るの?」とふたりを惑わす。
 ヘリコプターから宙づりになったり、走る列車にバイクで飛び乗ったり、度を越した過激スタントが光る「ポリス・ストーリー3」。潜入捜査で麻薬シンジケートの取引に立ち会ったスレンダーな長身美女が、銃撃戦に巻き込まれてしまった。雨霰の弾丸をかいくぐる中、助けにきたジャッキーと鉢合わせ、勢い殴り飛ばしてしまう。地面に叩き付けられるジャッキー。美女もつんのめる。次の瞬間に敵が現れ、美女は前に倒れ込みながらサブマシンガンを撃った。ジャッキーは覆い被さってくる美女を支えようとして、仰向けのままの両手で美女のおっぱいを掴んでしまう。「離して!」と怒鳴られてジャッキーがとっさに手を引っ込めると、美女は倒れ、ジャッキーの顔面はおっぱいに押しつぶされた。
 体に縛り付けられた時限爆弾をどうにか取り外し、爆発から逃れるために、高速道路を死に物狂いで走る裸のジャッキーが印象深い「九龍の眼/クーロンズ・アイ」。ジャッキーが逮捕したチンピラを、取り調べ室に招き入れる3人のスレンダーな長身美女。ジャッキー率いる捜査チームの刑事たちだ。3人の美女は、ふんぞり返って憮然としているチンピラを取り囲んで微笑み、「わたしたちに協力して、本当のことを教えて、内緒にするわ」と甘い声でささやく。チンピラは鼻の下を伸ばしてのらりくらりとするばかり、取り調べは一向に進まない。マジックミラーの裏側で、ジャッキーはじめ男性刑事たちは「こんなやり方で口を割るのか?」ともどかしそうだ。ひとりの美女が、チンピラのくわえる煙草をおもむろに取り上げて、指先で火種を揉み消した。不敵に笑う美女。にわかにチンピラの顔がこわばり、ジャッキーたちも息を飲む。これを合図に美女たちは、一斉にチンピラに襲いかかった。ハイキックでこめかみを打ち、膝蹴りがみぞおちに食い込み、ローで蹴倒す。見事なコンビネーションに目を丸くするジャッキー。「こんなことは許されないぞ!絶対に訴えてやる!」とチンピラが半べそで抗議するが、美女は取り合わない。かわりにスカートをたくし上げて、パンティに隠していた拳銃を素早く取り出し、チンピラの眉間に突きつけた。号泣し命乞いするチンピラ。洗いざらい全部吐いた。

 ジャッキーが思春期前夜の僕に与えた影響は計り知れない。


劇 終

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