20151223

The Ladle

 僕は幼いころから掃除や整理整頓がまったくだめで、家の中はいつも物にあふれて散らかっている。鍵やリモコンがしょっちゅうなくなったり、レゴを踏んで悲鳴を上げたり、くしゃみが止まらなくなったり、酔って帰って空の段ボール箱に足を引っかけて転んだり、その拍子にCDの山が雪崩を起こしたり、 微々たる弊害はあるものの、生活そのものが脅かされることはないので気にしていない。風呂場だって多少汚れていてもへっちゃらだ。
 でもどういうわけか、台所が汚いのは我慢ならない。少しの油汚れも嫌なので料理のあとには必ず掃除をする。だからいつも家中で台所だけがピカピカだ。うちを訪ねた友だちは一様に、部屋と台所の落差を見るや、呆れるのを通り越して気味悪がる。なぜこんなに偏るのか、自分でも病的だなと思う。
 朝に晩にコーヒーをすすりながら、煙草をふかすのは決まって台所だ。家の中で一番明るいので、雑誌や本を読むのはたいてい台所。小物の部品交換や修理といった作業も台所。僕は台所で過ごすのが好きだ。肩幅ほどのシンクとつり棚、渦巻きの電熱線がぼやっと光るコンロが1口、そして換気扇。極めて手狭で最低限、料理がしにくいったらない。でもその狭い空間が案外くつろげる。
 料理すること自体も嫌いじゃない。別段凝ったものを作ることはないけれど、毎日やっていると手作業不足のフラストレーションが解消される。手を動かすときの特有な充足感を、生活の中で簡単に得るには料理が一番だと思う。そしてなにより、晩のおかずを作りながら立ち飲みするビールの美味さといったら。
 多くの男性がそうであるように、僕は工具や文房具の類が好きだ。調理用具も然り。狭い台所には気に入りの品がぎゅっと詰まっている。鉄のフライパン、銅のおろし金、アルミの漏斗、ステンレスのトングとホイッパー、真鍮のペッパーミル、オリーブ材のスパチュラ、白磁のキャニスター。野田琺瑯の薬缶、ファイヤーキングのメジャーカップ、ヘンケルスのナイフ、ツヴィリングの万能鋏、ル・クルーゼの鍋、月兎印のボウル、京セラのピーラー、ポーレックスのコーヒーミル、ビアレッティのマキネッタ、ヴィクトリノクスのトマトナイフ、飛松陶器のオイル差し、貝印のターナー、クイジナートのオーブントースター。旅先で買い求めたり、友だちから贈られた食器群もそれぞれに愛着がある。することのない休日に台所に座って、僕のもとに集まったこの精鋭たちを、ただ眺めたり触ったりして過ごすことも少なくない。
 一番のお気に入りは舶来の高価な刃物や鍋ではなく、友だちが僕のために焼いてくれた一点物のカレー皿でもない。スプーン形のおたまだ。ナイロン樹脂でできたティファールの洋風おたまがいかに優れているか、ぱっと見た限りでは決して伝わらない。実際にお店で手にとってもわからないかもしれない。しかしひとたび調理に使ってみると、その洗練された造形に驚愕する。頭の先端、底面、左右の淵、首、柄は、選び抜かれた無二の曲線を描く。各部位の太さ厚さも絶妙。ほどよくしなって手に柔らかく、鍋肌に吸い付くようだ。軽い上に重心がいいので、3本指でつまむだけで簡単に取り回せる。剛性は十分で、何年も使っているがくたびれる気配はない。もちろん熱で歪んだり焦げることもない。性能の伴ったシルエットは必然的に美しく愛おしい。おたまの本分が突き詰められ、もはや修正する余地はない。完成したおたまは「使い勝手」の範疇を超え、鍋の汁をかき混ぜ、すくって、器に注ぐ、という単純な動作に快楽をもたらす。こんなおたまはほかにない。各家庭の台所に必ず1本あるべき逸品だ。「でも、お高いんでしょ?」否。通販サイトでなら300円ちょっとで買える。極めて優れた機能、造形で低価格。すなわち工業デザインの最高峰といって差し支えないだろう。なぜ世間に浸透していないのか、不思議で仕方がない。もし少しでも興味を持ったなら、迷わず買いなさい。まずは使ってみるべきだ。絶対に気に入るはず。万が一、満足できなければ僕にそういって欲しい。売値での買い取りだってやぶさかじゃない。

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