20130614

A Glass of Wine with Some Strawberries

 1枚の写真がSNSにポストされている。それを見て僕は思わず大きな声を出した。「飲みたい!」突如として記憶が溢れ出る。
 おととしの今頃、学生時代からの友だちの結婚式にお呼ばれして、ドイツのボンを訪れた。結婚式前日の夕方に友だちのご主人の実家にお邪魔した。式のあと庭でパーティが催される予定で、家のひとたちは飾り付けや料理の準備に忙しい。日本から駆けつけた友だちの親族ご一行も集まっていて準備を手伝っていた。そこによそ者の僕が図々しくも上がり込んだのだ。ありがたいことに両家の皆さんは、この怪しい日本の中年男を快く受け入れてくれ、一緒に準備をしようと笑顔で誘ってくれる。新郎の従姉妹による指揮の下で庭の飾り付けをしていたら新郎のお母さんがビールとソーセージを持ってきてくれた。どちらも美味い。大騒ぎして喜ぶとお母さんはさらに勧めてくれる。ワインも飲め、スープはどうだ、サンドウィッチを作ろうか。もはや手伝いにきたのか食事をいただきにきたのかわからない。
 ガラスのボウルに盛られた苺を出してくれた。庭でいま採ったのだという。赤が濃く小粒で形の不揃いな苺は、強めの酸味とほどよい渋味があって爽やかだ。香りもすごくいい。こんなに美味しい苺は食べたことがないと僕はまた騒ぐ。するとお母さんが細くて脚の長いグラスを僕に差し出し、ワインを注いでくれた。ほんのりと甘くすっきりとした白のスパークリングワインで、清涼感があって美味しい。お母さんが苺をグラスに入れてみろという。へたを取り4、5個浮かべて飲んでみる。 からだに電気が走った。口に含むと柔らかく甘さが広がって、噛むと苺のすっぱい果汁が甘みを際立たせる。恍惚のときは次の瞬間に訪れる。飲み込むのと同時に苺と葡萄の瑞々しい香りが鼻から抜けて全身の皮膚感覚が一瞬鋭敏になり、そのあと筋肉が弛緩する。キューバで葉巻を吸ったときにも同じ感覚を味わった。ひとは美しい香りをかぐとこんな風にからだが反応するようにできているのかもしれない。僕はこの魔法の酒の虜になった。何度も何度もおかわりした。友だちと新郎一家の計らいで、僕はこの晩ここに泊めてもらえることになっている。異国の夜道を千鳥足でさまよう必要はない。心置きなく酔いしれた。
 次の日の朝、教会での結婚式に向かう前に、僕は背広に着替えて大学の仲間たちが到着するのを庭先で待っていた。何人かは早朝にドイツに着く飛行機で日本からやって来るし、ドイツやヨーロッパ各地で生活している仲間たちも結婚を祝うために集うことになっていたのだ。脇のテーブルの上にワインクーラーがある。きのうのと同じワインが冷やされていた。僕は居ても立ってもいられずに栓を抜き、花壇で熟した苺をむしり取って飲みはじめた。きょうもたまらなく美味い。何杯かおかわりしているうちに、ひとりまたひとり仲間が集まってきた。すでにいい気持ちの僕は仲間が着くたびに魔法の酒を勧める。まあ飲んでみろ、どうだ美味いだろ。まるで自分の家で自分が作った料理を振る舞うかのごとく得意気な顔をしていたに違いない。
 結婚式も、友だちの花嫁姿も、パーティで大活躍した生ビールのトレーラーも、仲間のベルリン四方山話も、親方特製木目金の指輪も、ケルンでの晩餐も、デュッセルドルフのボロアパートも、どれもすばらしかった。でもこの旅で圧倒的に印象深いのは、苺を浮かべたワインの香りだ。決して忘れられない。
 投稿されていたのはこの苺ワインの写真だった。「苺の季節到来」とキャプションが添えられている。いまもボンで生活し母となった、あの友だちからのものだ。ああ、あの香りが恋しい。ドイツにいきたい。

No comments:

Post a Comment