20130610

Fires on The Opposite Shore

 あの日は昼間の勤務だった。 病棟の一角にある談話スペースに患者たちが集まって、テレビに食い入っていた。真っ赤な炎と真っ黒い煙が映っている。海沿いの工場が激しく燃えているようだ。どこかで大きな地震があったらしいよ、と患者のひとりが教えてくれた。アナウンサーがたどたどしく原稿を読んでいる。情報が錯綜しているようで、まったく的を射ない。しばらく大火事を見ていると画面の隅に「LIVE - 千葉県上空」と文字が出て、血の気が引いた。家族や友だちの顔が次々に浮かぶが、実家に電話をかけにいくでもなく、かといって元の仕事に戻るでもなく、ただ燃え盛る工場の様子を見つめることしかできない。各地の震度が少しずつ示されるようになり、津波や余震への注意喚起が繰り返しアナウンスされる。手にびっしょりと汗をかいていた。しばらくすると主婦業と看護師業、二足のわらじを履きこなす肝っ玉母ちゃんといった風の同僚がやってきて、僕に「なにがあったの?」と尋ねた。「内地で大地震って。かなりひどいみたい。」と僕。すると彼女は「えー、困る!」と大きな声を上げた。「野菜が高くなるじゃない!」

 近隣諸国との関係を保つために米軍基地は必要、地理的な条件を考えると沖縄に基地を置くのが妥当。地元に帰ると聞こえる声だ。全国ネットのニュース番組や大手の新聞紙面でもそんな論調が目に留まる。基地問題は安全保障の問題だ、と捉えるひとがたくさんいるようだ。
 沖縄本島をドライブすると気づく。この島の平らな土地はほとんど米軍の基地になっていて、沖縄の人々は平地以外の山や海沿いで暮らしている。夜の国道58号線、北谷辺りでYナンバーの改造スポーツカーが、急発進と乱暴な車線変更を繰り返す。体力自慢の男の子たちが故郷を離れ、異国できつい仕事をしている。給料は安いが家賃も光熱費もかからないから自然と金が貯まる。ほかに楽しみはない。血気盛んな彼らがあこがれの高性能な日本車を買って、飛ばしたくなるのは当然といえば当然。そして当然事故が多い。
 「僕の娘がよ、酔っぱらった米兵に乱暴されたわけさ。あれから娘は外に出れんくなってずっとお家にいる。米兵や軍が許せんよ。憎くてたまらんさ。基地なんていらん、なくなってほしいよ。でも古い付き合いのお隣さんは夫婦揃って基地内で働いているからや、大きな声でアメリカーを悪くはいえないわけさ。」
 失業率一位を独走する沖縄で、米軍に直接雇用されている日本人は約9000人。基地内の工事や建設、流通や販売などに携わる日本人を含めると、さらに多くのひとが米軍から支払われる賃金で生活している。米軍は沖縄県庁に次ぐ大きな雇用主で、米軍なしに沖縄の経済は成り立たない。

 震災があった年の夏、ある研修に参加した。県内各所から看護師が集まり、知識や技術を磨こうというものだ。その研修で10人あまりの班に別れてグループディスカッションをすることになり、互いに見知らぬ参加者たちが輪になった。
 ある活発な参加者が司会を買って出て、手始めに自己紹介をしようと提案してくれた。ひとりずつ名乗り、勤務先や専門とする診療科などを簡単に話す。僕の番になって「飯塚と申します。」というと司会のひとが「どちらのご出身?」と尋ねた。沖縄では地元の出身か県外出身か、苗字ですぐにわかる。「神奈川です。」というと「お、都会ですね、中華街は楽しいよね。」と応じてくれる。こんな風にして司会者と一言二言やり取りをしながら自己紹介が進んでいった。
 ある若い看護師が名乗ると、また司会者は「ご出身は?」と聞いた。沖縄にはない苗字だったからだ。彼女が「宮城県です。」と答えると司会者は「あら!ご実家は大丈夫だった?」と聞き返す。彼女はすこし下を向き、そのあと小さくいった。「津波で父と母が…。」
 司会者は一瞬戸惑ったがすぐに隣の参加者に自己紹介するよう促した。その後自己紹介のリレーは滞りなく進んだ。でも誰も彼女の顔を見ることができない。彼女も顔を上げられない。「巨人がまた勝ちましたね。」「暑い日が続きますなあ。」司会者はそんな軽い感覚で彼女に質問したのかもしれない。どんな答えが返ってくるのかあまり想像せずに尋ねたようだ。初対面のひとに震災や原発の話をするのは危険、図らず他人を傷つけかねない。東日本のひとなら誰でも知っていることを、この司会者は知らなかった。

 タクシーの運転手さんはおしゃべり好きなひとが多い。そして基地の話をしたがるひとが多い気がする。あるときどういう流れからだったか、基地に土地を貸す地主の話題になった。悲喜こもごもがあるようだ。終戦後、米軍が基地のために土地を徴収し、その所有者に賃貸料が支払われることになった。当時の所有者は戦争で苦労しているので、賃貸料に頼らず真面目に働いた。だが土地の所有権が息子の代に移ると、息子は働かずに遊んで暮らすようになる。親が働いて残した金と賃貸料で、苦労なく生活できるからだ。本土の悪い不動産屋がそんな状況に目を付けた。不動産屋はひとを雇って息子と毎日遊びにいくように仕向ける。はじめはパチンコ屋。息子が味を占めると本格的な賭博に誘った。息子が夢中になり負けたところで金を貸す。少しずつ金額を増やしながら何度も金を貸して息子の感覚を麻痺させる。さらに負けが込むと土地の所有権を担保に取ってまた金を貸す。賭博に狂った息子は返せるはずもなく、土地は不動産屋の手に渡る。こんな風にしてわずか数年で土地を失った地主の二代目が多いのだそうだ。運転手さん曰く「二代目は若い頃から苦労していないし、ろくに勉強もしていないさ。だから簡単に騙されてしまうよ。」と。
 別の運転手さんの話。軍用地の賃貸料はその用途で大きく違うという。一番高いのは普天間飛行場の滑走路だそうだ。妻の実家がこの滑走路に土地を持っていて年に7500万円の収入があるのだが、妻の兄が親からすべて相続して独り占めし、自分たち夫婦には一銭もよこさない、と運転手さんは嘆いていた。この兄が遊んで暮らしているのかといえば、そうではないらしい。莫大な資金を投じて起業し、全国にフランチャイズ展開する有名飲食店の、沖縄での元締めをしているのだという。大きな通りを走ればいたるところでその店を見かけるし、テレビコマーシャルもよく流れている。とても繁盛しているようで、毎年賃貸料の何倍という金を稼いでいるのだそうだ。

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