青い空、赤茶けた地面、乾いた空気。風ひとつ吹かず時間が止まったような午後、陽は西に傾きはじめている。広い広いとうもろこし畑の脇に一台の大きな高級車が停まっていて、その後部座席に中年の男が二人座っている。二人とも身奇麗で品がある。ゆったりと煙草をくゆらせながら、静かに何か話をしている。その話し振りから、二人は古くからの親しい友人同士なのだろうとうかがえる。周囲にひと気はなくとても静かだ。ちり、ちりり。男が煙草を吸うたびに、小さく燃える火種の音が際立つ。
突然頭に浮かんだ光景。昔観た映画の一幕だ。何という題の映画だったか、どんなお話だったか、まるで思い出せない。それどころか、この場面が思い出されたこと自体が奇跡なのではないかというくらい、脳味噌の隅に追いやられていた記憶だった。なぜいまになって思い出したのかわからない。一度意識すると妙に気になる。何度も同じ情景を頭の中で反芻した。
風呂から上がってビールを飲んでいるときもあの映像が気になる。もう一度観たいと思うようになっていた。でも情報が少なすぎて詳細を知るすべがない。何か思い出せることはないかと、頭の中をぐるぐるとかき回してみる。小さな液晶画面と簡易テーブルのイメージがふと湧いて出た。ああそうか、飛行機で観たんだ。旅行にいったときにたまたま目にした映画だった。どこへいったときだろう。十代の頃か、二十歳を過ぎた後か、いずれにせよ、ずいぶん昔のことのような感じがする。そうなるとこの映画の題名を思い出すのは難しそうだ。もともと知らない可能性だってある。題名から探るのはあきらめよう。
もっと思い出せることがないか、また頭の芯をぐりぐりやってみる。 後部座席の左側に座っていた男は、笑顔がチャーミングな禿頭の小男だった気がしてきた。ハリウッド映画でよく見る名脇役の俳優だ。名前が出てこないのでインターネットで「ツインズ シュワルツネッガー」と検索したらすぐにわかった。そうそう、ダニー・デヴィートだ。出ている役者がわかれば、案外簡単に何という作品だったかわかるかもしれない。今度は「ダニー・デヴィート」と検索してみる。出演作品のリストに思い当たるタイトルはない。あらすじも片っ端から調べたが、それらしい作品は出てこない。ダニー・デヴィートは出演していなかったということなのか。
人の記憶なんて曖昧だ。少なくとも僕の記憶はまったくあてにならない。ただ忘れるだけならまだしも、ときには自分の都合のいいように、事実をねじ曲げて覚えていることだってある。信用しては駄目だ。ダニー・デヴィートが出演していた気がしたが、本当に出ていたかなんてわかりやしない。そう考えはじめたら、いろいろなことが疑わしく思えてきた。僕がとうもろこし畑と思い込んでいる場所は、さとうきび畑だったかもしれない。雑木林かもしれないし、野原の可能性だってある。二人が座っていたのは高級車の後部座席ではなく、トラックの運転席だった可能性も考慮したい。だとするなら身奇麗な服装ではなく、作業着姿だったのかもしれない。
どんどん自分の記憶に自信が持てなくなり、さっき髪をゆすいでいたときに鮮明だったイメージはいま、まったく霞んでいる。もはやこの映画を機内で観たのかどうか、いや、そもそもそんな映像を本当に観たのかどうかさえ、怪しくなってしまった。ああ、頭が痛くなってきた。考えれば考えるほど、もう一度観たいという思いは強くなる。あの穏やかで眠気を誘う美しい映像を、僕は再び目にすることができるのだろうか。
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